2016.04.26

今想う

今想う

入園した子ども達が、親元を離れ不安そうな顔をしながら、泣きたい気持ちを抱えながら登園するようになって、3週間が過ぎようとしています。お話はとてもよくでき、3歳の子どもなのだろうかと思うような会話をしている子どもが多い中、紙パンツの子どもが多いのです。一人ひとりのパンツが違うので、小さな紙袋に紙パンツを入れて、楽しそうにトイレに行く姿は、かわいいと表現すればいいのか、トイレットトレーニングをする時期はいつなのかなと考えたくなることがあります。

三歳児と言って頭に浮かぶのが「三歳児神話」です。三歳児神話というのは、三歳児までの成長にとって重要な時期で、家庭において母親と過ごさないと、のちのち取り返しがつかないことになります、というものなのです。

今の社会において、三歳児神話を重要視すると、保育園に行っている子どもはどうなるのだろう、母親以外の人が育てている人は、という心配がおこってくることと思います。
子どもの育ちに関する学会などでは、どこで育っても、誰が育てても子どもはしっかり育つことができるということを発表しています。神話として、この時期は成長には大切な時期ですよというくらいにとどめると良いのでしょう。

また、「3つ子の魂百まで」ということがあります。これは、3歳くらいまでに受けた教育によって、形成された性質・性格は100歳になっても根底は変わらないという意味です。
3歳というところは、昔ながらの言い方に合わせると、数え3歳ということで、満2歳のことなのだろうかとも考えられますが、とりあえず幼児期と考えることができると思います。
幼児の時期に、人格を形成する基本が出来上がるということです。

人生において、生まれてから3年くらいまでの成長はそれからの成長とは比べ物にならないくらい大きなものです。目も見えず、歩けず、話も出来ない乳児が、3年もたつころには、物が見え、聞こえ、話ができ、思うように動くことができ、考えたことを話すことができるようになります。この基本になることが3歳くらいまでにあるとしたら、この時期の幼児と丁寧に関わり、成長に添っていくことのできる人がそばにいることが重要なのだと思います。

私たち教師は、一人ひとりの実態を知り、成長していくことができるような環境(人的・物的)を整え、自ら環境と関わり、楽しみながら成長していくことができる過程に寄り添っていくことができるようにしたいものです。                                        芝木捷子